(5)
 下から叫び声が聞こえ、赤鬚のジェラズは胸壁から身をのり出して、下に配置しておいた部下たちにどなりかえした。すぐに向き直り、同行してきた者の中から傷のある隻眼の男を選び出した。
「レンガ――四階に下りてくれ――あいつらがおれたちの武器をみつけた。どうしてあの馬鹿どもがそれを返してくれたのかわからんが、クロムにかけて、やつらは後悔するだろう。それに、あいつもだ!」
 最後の言葉とともに赤鬚が親指を突き出した先は、自分たちより一階上で、城砦の中央にある一番高い尖塔だった。そこの低い胸壁の向こうで僧頭巾の人影が待っていた。黒い僧衣を風にはためかせ、空を背景にまがまがしい輪郭を浮かび上がらせていた。そのステイジア人は、男たちの罵倒や悪態を歯牙にもかけず、夜明けからずっとそうして立っていた。そこに至る唯一の傾斜路は途中で切れており、トゥルタル城のほかの場所から隔絶していた。
 レンガが武器をかかえて到着したその時、ジェラズのもくろんでいた計画が下にいる男たちのふたりによって先回りされた。ふたりは下のほうの屋根に突然踏み出すと、振り向いて、矢を装填した石弓をステイジア人に向けた。彼らは矢を放たなかった。僧侶と取引をするつもりだった。しかし、話す機会は与えられなかった。
 ステイジア人の手が攻撃する蛇のすばやさで突き出され、力の波がふたりを襲った。あたかも烈風の壁が突然彼らの前に生じたかのようだった。弓がうなりをあげたが、放たれた矢は強風の中で消え失せた。ふたりの弓兵は足元から吹き飛ばされ、ひとりはあおむけに倒れ、もうひとりは屋根からころがり落ち、十五フィート下の中庭で片肘を砕いた。
 赤鬚のジェラズは呪詛を吐くと、レンガから短い剣をひったくった。彼は狼狽して武器の束を落とした。黒い頭巾の僧侶は見守りながら静かに立っていた。ジェラズは激怒で目がくらみ、テラスに飛び出して、塔に続く傾斜路を駆け上がりはじめた。結局、赤鬚は傾斜路の途切れた縁で立ち止まり、呪いの言葉を口にした。剣の柄頭をにぎる指関節が白くなっている。
 僧侶は急勾配の坂を見下ろし、自分を襲おうとする者が見える位置まで移動した。彼は片手を上げた。その声は鞭を打つようなささやき声だった。
「どちらにしようか、赤鬚のジェラズ――わしはおまえをたちどころにその止まり木から追い払うことができる。いま見せてやった通りにな。もう少し生き長らえたいかな?」
「貴様はいったい、ミトラ神の地獄のどこで産み落とされたのだ?」ジェラズはつばを吐き、慎重にうしろに下がった。「そんな力を振り回せるとは。もし貴様の望んでいるのがおれたちの死ならば、終わらせてしまおう。さもなければ、おれたちに何を望んでいるのか、話せ!」
「おまえはわしが何を望んでいるか知っておる」ステイジア人が険のある小声で言った。「だが、わしはおまえに死ぬ時を選ばせている。いま、わしの手にかかって死ぬこともできるし、城砦を守って寿命を延ばすこともできる――何から守るかは、すぐに分かる――見よ!」
 彼はもう一方の手を突き出し、少し向きを変えて川上を指さした。そこには落日を受けた密林の長い影が落ちていた。まさに剣を僧侶に投げつけようとしていたジェラズは、相手の動きを目で追って、息をのんだ。丸い貝殻のような舟に乗った奇妙な船団が川を下ってくるところだった。今になってジェラズは、二日前の悪夢と青い城砦との間の明らかな関連が分かった。なぜなら、物言わず目を見開いて、島に向けて舟を操ってくる何百人もの乗組員たちは、矮人イトゥルーだったのだ――ふつうの寸法の人間が自分たちの建物に住むのと同じように、彼らこそ子供の寸法の城に住むことができる種族なのだ。
「やつらの手からこの場所を守るということだ」とステイジア人は言った。「さあ、好きなほうを選べ――やつらを追い払う手助けをする間、死を先送りするのか――だが忘れるな。おまえの助けは――あり余るほどだ」
 そして黒頭巾は哄笑した。何も約束していないうつろな声だった。ジェラズは部下たちが聞いていたか確かめるために振り向いて、ホルガーが妖術に恐れをなし、外壁に向かって急いでいるのを目にとめた。行程の三分の二まで行ったところで彼はくるりと向きなおると、勇気を絞り出し、拳を振り上げた。
「自分で戦うがいい、邪神セトの息子め」彼は叫んだ。
 黒頭巾はふたたび哄笑した。彼は手を挙げた。さきほどふたりの男を襲ったのと同じ力が、いまホルガーを強打し、それだけの距離があっても、街路を越えて吹き飛ばした。肥満漢の悲鳴をあげる体は高い傾斜路の上でくるくる回され、それから解き放たれ――最後は細い陸橋にむごたらしく激突した。
「おまえたち、われわれには選択の余地はない」ジェラズが叫んで、ホルガーの死のあとの沈黙を破った。彼は傾斜路を下り、考えを巡らせた。どうしたら、一握りの男たちと魔法使いで、迫りくる大群を撃退することができるか。いまでも、遙か北方の地ですら、ステイジアの暗黒の秘術の話は巷間に流布している。それに、あの塔の怪人は自信があるように見えた。
 赤鬚のジェラズはいつものように仕事に取りかかった。彼はもはや敗残の傭兵ではなく、勝算や信条がどうあろうとも、戦闘準備の只中にある戦士だった。それにいつもそうだが、これが彼の性に合っていた。自分自身で行動できるようになるまでは、彼はこの罠を受け入れた。
 攻撃の大群は島の西岸の岩場に群がっていた。ジェラズは部下たちに合図して、城砦の上の階に上るよう命じた。そしてステイジア人の二階下の高さで、だいたい円形になるように持ち場を割り当てた。いま彼らは互いに

 (6)
前より近寄っているが、薄明かりで仲間を射るような危険はないだろう。それでも、弓は必要なときしか使われないだろう。矢の供給は侵略者の数よりも大幅に限られたものだった。
 またもや、不吉な闇夜が弓兵たちを脅かしたが、今度はプントの戦士たちは河岸に何列も松明をともしていた。その明かりが光と影のゆらめきをトゥルタル城の尖塔群の中に投げかけていた。コス人たちは分配された松明に火をつけて待った。外にいるイトゥルーたちの数は次第に減っていたが、さらに大勢が舟で下ってきて岩場やその間の窪みに上陸した。まだ、城壁の上に彼らの姿は見えなかった。
「気にくわん」ひとりの男が言った。「静か過ぎる――やつらはまったく音を立てない――それに見たかぎりでは、やつらに武器はない」
「あそこだ、中庭にいるぞ!」別の男が叫んだ。
 侵略者たちは下の庭や街路に噴き出しているように見えた。出てくる先は塔の下の階の出入口や開口部だった。
「そうだった!」ジェラズが叫んだ。「結局のところ、ここはやつらの城なんだ! やつらは入口をすべて知っている!」
 しかし、中央の塔は明らかに内部から入れる道はないようだった。矮人たちは陸橋や玩具のような傾斜路に群がりはじめた。全員が目指す目標は一つ、ステイジア人が陣取る最上階だ。
 黒い僧頭巾の男はうつろな笑い声をあげると、片手を前に突き出した。彼が指さすところにいた敵は皆、転がりながら落ちてゆき、四方八方に落下した。弓兵たちは、この物言わぬ奇妙な生き物が丸腰だと承知していたから、相手が圧倒的な数の力で行く手にいるものはすべて踏みつけるだろうということが確かになるまで、攻撃すべきかどうか分からなかった。
 それで、ジェラズと彼の部下は矮人族を攻撃するとき、自分たちが戦士というより屠殺人であるかのように感じた。あの矮小な生き物はこの塔に足掛かりをつかもうとしているのであり、コス人と戦おうとしているのではないということは、彼らの目に明らかだった。ステイジア人がその強力な妖術を向けないところがあれば、弓兵たちは小さな肢体に斬りかかり、すでに死んでいると思われるその肉に斬りつけなければならなかった。それでも何かに駆りたてられているかのように、傷を負い手や足を斬られた生き物たちは、一つの目標に向かって登り、這い進むのだった。
 突然、小康状態があった。矮人たちは前進をやめ、動けなくなった仲間を引きずって階下に後退した。
「イシュタルよ、許したまえ」ジェラズが小声でうなった。彼はおのれのものでない血にまみれていた。それに、大虐殺の反動で震えていた。彼は眼下に積み重なる死体を見渡した。「いったいどんな兵士に、あのような戦いができるのだ? まるで不公平な戦いではないか――やつらには!」
「やつらはどうして前進を続けるんです?」ひとりの弓兵がたずねた。「やつらは城砦の大半を手中に収めている。おれたちを兵糧攻めにできるはずだ」
「こいつは城攻めじゃないんだ、まぬけめ」別のひとりが言った。
「そうだ」とジェラズが同意してうなずいた。「全員が打ちのめされ切り刻まれるまで、やつらは前進をやめないような気がする。あのハゲワシを止まり木から追い払うことだけしか頭にないのだ」
 彼は上にいるステイジア人をにらみつけた。相手はまた哄笑すると、脅すようなそぶりで片手を挙げた。しかし、攻撃はしなかった。
 川のほうでは、丸い舟の何艘かが、未知の力で押し進められているかのようなあり得ない動きで、ゆっくりと流れの縁を遡りはじめていた。この舟には、不気味な戦いにもう加わることのできない矮人族の体が積まれていた。
「やつらは湖に帰っていく」だれかが言った。
 ガチャンという音がした。ジェラズと部下たちが振り向くと、隻眼のレンガが自分の石弓を取り上げたところだった。彼は短刀と剣を床にたたきつけていた。「ステイジア人め、邪神セトの手に落ちろ」そのコス人は塔の上をにらみながら叫んだ。「金輪際、この戦いには手を貸さんぞ!」
 疾風がまたうなったが、標的は素早かった。彼は二度身をかわすと、攻撃が当たる前に、黒頭巾の方向に矢を放った。飛矢は舞うように飛び去った。僧侶の哄笑が下に流れてくると同時に、その超自然的な武器がレンガを捕らえ、彼を真っ逆さまに礼拝塔の中に吹き飛ばした。
「ならば、好きにするがいい」ジェラズがうなった。もう彼にはステイジア人の力の限界が分かっていた。僧侶は指さしていない場所を攻撃することはできないし、彼の妖術は角を曲がったり障壁を越えたりして、本物の嵐以上の効果を及ぼすことはできない。ジェラズはコス弓兵の鬨の声を上げ、防壁を跳び越えて、上方を攻撃するために下の階に立った。
 そして、黒い上げ潮が松明に照らされた城壁を越えてふたたび押し寄せたとき、他の者たちも上官にならった。矮人の大群ともみあいながら、遮蔽物を探し、上方にいる城砦の黒い支配者に弓を向けた。相手はあたかも是認したかのように笑うと、片手を突き出して矢の列を宙で止め、力の波で黒い矮人たちを一斉にうしろになぎ倒した。その中には弓兵もひとり混じっていた。
 三階下に下りたとき、ジェラズのわきで声がした。「今こそあいつに向かっていくときだぞ。何を愚図愚図している!」

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