(7)
私が彼女に似たものをつくってみようと思います。同じ強度をもち、心や精神は健全なものを――」
「好きなようにするがよい」とパンデルームは無関心に答え、トゥールジャンにそのパターンを与えた。
 トゥールジャンはツェイスの妹を組みあげ、来る日も来る日もそっくりのすらりとしたからだと、そっくりの誇らしげな容貌が形成されてゆくのを見守った。
 時が至り、合成桶のなかで彼女がからだを起こし、眼がいきいきと輝き出すと、トゥールジャンは息せき切って彼女を助け出すために駆け寄った。
 彼女は濡れそぼり、裸身で彼のまえに立った。ツェイスと瓜二つである。しかし、ツェイスの顔が憎悪にゆがんでいるところには安らぎと快活さがあり、ツェイスの眼が激情で燃えているところには空想の星が輝いていた。
 トゥールジャンは自らつくりあげたものの申し分のなさに驚嘆して、しばしたたずんだ。「おまえの名前はツェインとしよう。おまえが私にとってかけがえのないものとなるであろうことが、もう私にはわかる」
 彼はツェインに教育をほどこすこと以外のすべてを放棄した。彼女は驚くほどのはやさで学びとっていった。
「まもなく私たちは地球にもどることになる」と彼女に告げた。「アスコレースの緑の地、大河のほとりのわが家へだ」
「地球の空は色でいっぱいですの?」と彼女がたずねた。
「いや、地球の空は底深く濃い青だ。そして年老いた太陽が空をかけめぐる。夜が訪れると星々が、おまえに教えたような配置をして現われる。エンベリオンは美しいところだ。しかし地球は広大だ。地平線は遙けき神秘の彼方まで伸びている。パンデルーム殿が決められしだい、私たちは地球にもどることになる」
 ツェインは川で泳ぐのが好きだった。ときどきトゥールジャンは出かけてゆき、川のなかで彼女に水をはねかけたり岩をほうり投げたりして、夢見ごこちになった。
 ツェイスを警戒するように彼はツェインに言ってあり、彼女は用心すると約束した。
 しかしある日、トゥールジャンが出発の準備をしているあいだに、彼女は草原を遠くまでさまよい歩いていった。頭にあるのはただ、空で乱舞するさまざまの色彩と、もやにかすんだ高い樹々の荘厳さと、足もとで色を変える花々のことだけだった。合成桶から出てまもない彼女にとって、見るもののすべてがすばらしかった。いくつかの丘を越えてさまよい続け、暗い森のなかにはいり、そこで冷たい小川をみつけた。水を飲み、川岸に沿ってぶらぶら歩いてゆくと、ほどなく一軒の小屋に出くわした。
 扉があいていたので、ツェインはここに誰が住んでいるのだろうかと覗いてみた。なかには猫の子一匹いなかった。家具調度といえば小ざっばりした草ぶとんと、木の実のはいった籠が置いてあるテーブルと木製や白鑞(しろめ)製の品物が二、三のっている棚だけだった。
 ツェインは先へ進もうとふりかえった。と、そのとき、不吉なひずめの音を耳にしたのだった。運命のようにしだいに近づいてくる。黒馬は静かに彼女のまえで止まった。ツェインは戸口のところでひるみ、しりぞいた。トゥールジャンの警告がはっきりと思い出された。ツェイスは馬からおり、抜き身の剣を手に、つき進んできた。剣を振りかざした瞬間、二人の眼が合い、ツェイスは驚いて動きをとめた。
 感動の光景だった。美しい双子の姉妹――そっくりのハイ・ウェストの白い半ズボンをはき、そっくりの熱情的な眼ともつれた髪をし、そっくりのきゃしゃな青白い肢体をもった二人。一方は、宇宙の原子一粒一粒に至るまでを憎悪している顔。他方ははちきれんばかりの快活さに満ちた顔。ツェイスがやっと口をひらいた。
「どういうわけなの? あたしそっくりの姿をしている。だけどあんたはあたしじゃない。それとも、とうとう狂気の恩恵が到来して、世の中の光景をかすませているの?」
 ツェインは頭をふった。「私はツェイン。あなたは私の双子のお姉さまだわ、ツェイス。だから、私はあなたを愛さなくちゃいけないし、あなたは私を愛さなくちゃいけないの」
「愛する? あたしは何も愛してやしないよ! あんたなんて殺してやる。そうすれば悪が一つ減って、それだけ世の中がよくなるんだ」彼女はふたたび剣を振りかぶった。
「だめ!」ツェインが苦悩の叫びをあげた。「どうして私を傷つけようとするの? 何も悪いことをしていないのに!」
「存在していることが悪なんだよ。それにおまえは、あたしのいやらしい姿をまねて、あたしをおこらせたじゃないか」

 (8)
 ツェインは笑った。「いやらしい? うそ。私は美しいわ。だって、トゥールジャンがそう言ったもの。だからあなたも美しいのよ」
 ツェイスの顔は大理石のようだつた。
「あんたはあたしをからかってるんだ」
「そんな。ほんとに、とても美しいわ」
 ツェイスは剣の切っ先を落とし、地につけた。顔は緊張がとけて、考えこんでいる。
「美! 美って何? あたしは盲なの? 悪霊があたしの眼をゆがめているの? 教えて。どうしたら美が見られるの?」
「知らないわ。私にはとても簡単なことのように思えるのだけど。空をかけめぐっているいろんな色が美しくない?」
 ツェイスはびっくりして見あげた。「あの目ざわりなぎらぎらしたものが? あんなの、いらいらするか、さびしくなるかだわ。どっちにしたって、大きらい」
「ご覧なさい。花はとっても繊細で、なよやかで魅力的でしょ」
「寄生生物だし、いやなにおいがするじゃない」
 ツェインは困惑した。「美をどうやって説明していいかわからないわ。あなたには喜びを見出だすものがないみたい。満足を与えてくれるものが何もないの?」
「殺すことと、壊すことだけよ。なら、それが美しいものに違いないわ」
 ツェインは眉をひそめた。「そういうのは悪い概念て呼ぶんだと思うわ」
「そう思う?」
「きっとそうよ」
 ツェイスは考えこんだ。「わからない。どうやってふるまったらいいの? ずっと確信してきたのに、今、あんたはあたしが悪いことをしてると言ったわ!」
 ツェインは肩をすくめた。「私は生まれてまもないし、りこうでもない。でも、誰にでも生きる権利があるということはわかる。トゥールジャンならわかりやすくあなたに説明できるのに」
「トゥールジャンて誰?」とツェイスがたずねた。
「すごくいい方よ」とツェインが答えた。「私はあの方をとても愛してるの。もうじき、私たちは地球に行くの。地球の空は広くて深くて、濃い青色をしているんですって」
「地球……。もし地球に行けば、あたしにも美と愛がみつけられるかしら」
「かもしれない。だってあなたは美を理解するための頭をもっているし、愛を引きつけるためには、あなた自身の美をもっているもの」
「じゃあ、もう人は殺さないわ――どんな邪怒なものを見たって。あたしを地球に行かせてくれるよう、パンデルームに頼んでみる」
 ツェインは歩み寄ると、ツェイスに腕をまわして口づけした。
「あなたは私のお姉さま。私はあなたを愛するわ」
 ツェイスの顔がこわばった。引き裂け、突き刺せ、かみつけ、と脳が命じた。しかし、それ以上に強い感情のつなみがからだを巡る血液から、全身の細胞の一つ一つからあふれ出てきて、急激な歓喜のほとばしりとなって彼女を被いつつんだ。彼女はほほえんだ。
「なら――あたしもあんたを愛する。ツェイン。もう人は殺さない。そして、地球で美をみつけ美を知るわ。でなければ死ぬわ」
 ツェイスは馬にまたがり、愛と美をさがすため、地球に向けて出発した。
 ツェインは戸口に立ちつくして、姉が馬に乗ってさまざまの色彩のあいだを去ってゆくのを見守った。背後で叫び声がして、トゥールジャンが近づいてきた。
「ツェイン! あの逆上した魔女めが、おまえを傷つけなかったか?」彼は答えを待たずに続けた。「よし! 呪文であの女を殺してやる。二度と危害を加えないようにな」
 彼は向きなおって、恐ろしい火炎の呪文を口にしたが、ツェインが手を彼の口にあてた。
「いけないわ、トゥールジャン。そんなことしては。もう人は殺さないって約束してくれたの。あの人はエンベリオンではたぶんみつけられないものをさがしに、地球へ行くのよ」
 トゥールジャンとツェインは、極彩色の草原の彼方へツェイスが消えてゆくのを見守った。
「トゥールジャン」とツェインが言った。
「何だね?」
「地球にもどったら、ツェイスが乗っているような黒い馬を私にも見つけてくださる?」
「いいとも」とトゥールジャンが笑いながら言った。そして二人はパンデルームの館へ向けて歩き始めた。
            ―第一話 完―

【初出】SFマガジン(1971/6)

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