<another story> 第三章 アリス、フリーランドを行く

〔解説〕
これは一九七三年に、小説家、山野浩一さんの主宰するNW−SFワークショップで、「フリーランドを舞台にした小説」という課題に対して提出したものの後半(前半は現在の第三章と同じ)です。フリーランドというのは山野浩一さんが創作したシェアワールドです。この章は同年SFM同好会会誌「宇宙気流」83号に掲載しましたが、のちに「アリスの不思議な大冒険」をひとつにまとめるにあたり、前後のエピソードとなじまないため、現在のかたちに書き改めました。

(前半は、現在の第三章「アリス、プリン畑に行く」と同じなので省略しました)

 カップからはい出したアリスと野ネズミと白ウサギはあたりを見まわしました。
「ここはどこかしら」
 その時、ダダダダダダという機関銃の音がしました。三人はあわてて物かげにとびこみました。反対側からも銃声がおこりました。
「戦争をしているのかしら」
「ところどころのビルがこわれているところを見ると、どうもそのようですな」と野ネズミが言いました。
 戦闘服を着て自動小銃をこわきにかかえた人がそばをかけぬけました。
「あのォ、おとりこみちゅうおそれいりますが、ちょっとものをおたずねしたいのですけど、よろしいでしょうか」とアリスはなるべくていねいな言葉づかいで声をかけました。
 戦闘服の男は立ち止まって、ふりむきました。「なんだい」とちょっとおこったように言いました。
 アリスはちぢこまって、小声で「ここはどこでしょうか?」
「きまってるじゃねえか。フリーランドさ。アルファポリスと呼ぶやつもいるし、遠京と言っているやつもいる。ほかにも五つ六つ名前がある」
「あら、そんなに名前があるのですか。一つの町にそんなに名前をつけたら、地図に書き込めなくなると思うわ。でも、どうもありがとうございます」
 男は変な顔をして走り去っていきました。すこしはなれたところで小さな爆発が起き、砂がぱらぱらと三人の頭上から降ってきました。
「こまりましたな。どこか、もっと安全なところに避難しなくては、命が長つづきしそうにありませんな」白ウサギが心配顔で言いました。
 と、突然野ネズミが一人で飛び出しました。ビックリしてアリスと白ウサギが見ていると、何かをひろってもどってきました。
「さきほどほうり出した私の目覚ましをみつけましたよ。でも、こわれちまってる。これはおじいさんのかたみなもんで、どこかで時計屋をみつけて修理しなくては。ちょっと失礼して、さがしてきます」
「でも、こんなときに……」呆然としたアリスを残して、野ネズミは去っていきました。
「野ネズミさんだいじょうぶかしら」と不安気にうしろ姿を見おくっていると、どこからかヒューッと大砲の玉がとんできました。玉はアリスと白ウサギの目の前の空中でピタッととまりました。その玉の上には、古めかしい軍服と帽子をかぶり、腰にはサーベルをさげた人がまたがっていました。
「ちとおたずね申す。ドイッチュラントはどちらの方角でござるかな」
「わかりませんわ。私たちここに着いたばかりなもんで地理に不案内ですの」
「さようか。失礼いたした」と言うと大砲の玉にまたがった軍人は飛び去っていきました。
「何かしら、あれ」
「気ちがいですよ。いくら戦闘中だといえ、大砲の玉にまたがるなんて常人のすることじゃありませんからな」と白ウサギが軽蔑のまなざしで、去っていった方をながめながらいいました。「とにかく、どこかへ避難しましょう。どうにかして、むこう側のビルまで行けないものかな」
「あら、こんなところに黄色い旗のはいった入れものがそなえつけてあるわ。この旗を見せて歩けばきっと無事に道のまんなかをとおれるんじゃないかしら。あなたも一本取りなさいな」
 二人がそれぞれ黄色い旗をかかげて道に出ると、いままで聞こえていた銃声はぴたりとやみました。
「やっぱり思ったとおりだったわ」とアリスは得意気に言いました。二人が向かいのビルにとびこむと、銃声はまた鳴りはじめました。
「一安心ね。この建物、だれも住んでないのかしら。上の方にあがってみましょうよ」
 二階にあがると、スーパーマーケットのように品物がたくさんならんでいました。あちこちでお客がバスケットをさげて、棚から品物を取っています。アリスがよく見ると棚にならんでいるものは、武器や携帯食料や軍服など、戦争につかうものばかりでした。
「もっと上にあがってみないこと」とアリス。
 三階では数十人の人が事務机にすわっており、机には「××戦線入隊受付所」などと書いた紙がぶらさがっていました。アリスと白ウサギが入っていくと、口々に勧誘の文句をしゃべりはじめたので、二人はびっくりしてその部屋をとび出し、次の階にのぼってゆきました。そこは博物館で、武器の移りかわりや、戦闘グループの分裂・統一の歴史がわかりやすく説明してありました。見学者は一人もいません。受付のめがねをかけたやせぎすな女の人がアリスを見たので、そそくさとそこを出ました。
「もっと上にあがってみますか」と白うさぎ。
「途中の階をとばして、屋上にあがってみたいわ」とアリス。
 二人はエレベーターを使って屋上に出ました。すえつけの望遠鏡があったので、アリスはそれにとびつき、あちこちながめはじめました。
「あら、野ネズミさんがあんなところにいるわ。何かにぶらさがって空を飛んでる」
「私にも見せて下さいよ」と白ウサギが不満そうに言いました。
「だめだめ。もうすこし。おーい。野ネズミさーん。こっちよーッ。あら、わかったらしい。こっちに来るわ」
 しばらくすると、野ネズミが二人のいるビルの屋上にやってきました。
「やあやあ、お久しぶり」
「さっきわかれたばかりじゃない。時計はなおったんですの?」
「それがあなた聞いて下さいよ。時計屋をみつけたはいいんですけど、そこのオヤジがヘマなやつで、おじいさんのかたみの大事な目覚まし時計を、まちがえてこんな空飛ぶ機械にしちまったんですよ。驚きましたね。なおったかと思ってネジをまいたら、いきなり飛び出したんですから」
「どれどれ、私に見せて下さい」と白ウサギ。「フムフム。やや、このポッチはもとはなかったものじゃないですか」
 そういって指で空飛ぶ時計のボタンを押したとたん――

(続く)

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