■恋するアンジェリカ■

 むかしむかし、西洋の小さな王国に、アンジェリカというお姫さまがおりました。このお姫さまも、ほかの女の子と同じように花も恥じらう十七歳ともなりますと、恋をしたくてたまらなくなりました。
 ところが現実は思うようにならないもので、アンジェリカ姫のまわりにいる殿方といえば、頭の白くなったしかめっつらの大臣たちだけでした。ですから、月夜の晩などはテラスに出て、まだ現れもしない恋人のことを想像しては、ため息ばかりついているのでした。
 そんなある日、お城の広場で馬上試合がもよおされることになりました。アンジェリカ姫は有頂天になって喜びました。きっとすてきな騎士をみつけることができると思ったのです。
 さて、試合の当日、お姫さまは父君である王様のとなりにちょこんと座り、胸ときめかせて競技を観覧しておりました。すると、とてもハンサムな騎士が馬に乗って競技場に現れ、王様の前で一礼しました。アンジェリカ姫は、このかたこそ夢にえがいた男性と思い、自分の首にまいてあったスカーフを取って、その騎士に与えました。騎士はうやうやしくそのスカーフを受けとると、自分の槍の柄に結びつけ、試合にのぞみました。で串刺しにされ、あえなく命をおとしてしまったのです。試合に負けた騎士と恋をすることなど、お姫さまにはできません。それが死んでしまった騎士となると、なおさらのことです。
 アンジェリカ姫は二、三滴なみだを流すと、あとはケロッとその騎士のことは忘れてしまいました。でも、せっかくみつけた恋のお相手が死んでしまったので、ちょっとがっかりしました。

 そうして、またもやため息をつく毎日が続いたのです。月夜の晩ともなると、お城の中庭にある池のまわりを、ものおもいに沈んでそぞろ歩くのでした。ルにされた王子さまのお話を乳母から聞かされたことがありました。そのお話では、美しいお姫さまがカエルにキスをすると魔法がとけて、王子さまは人間の姿にもどり、二人は結ばれて末長くしあわせに暮らすのです。
 そこで、アンジェリカ姫は池のカエルをかたっぱしからつかまえると、キスをしてみました。
「あら、これも違うわ」と言ってカエルを池のなかに放りこむと、また別のカエルをつかまえてはキスをするのでした。
 それでもすてきな王子さまをみつけることはできませんでした。糸車の針で指をつっついてみました。何台もある糸車の針で次々と指を刺してキズだらけになったところを、お付きの人にみつかりました。王様に、なぜそのようなバカなことをしたのだと問いつめられると、アンジェリカ姫はこう答えました。
「あら、お父さま。『眠れる森の美女』のお話をご存じないの。この次は毒リンゴを食べてみようかしら」
 本当に、若い女性というのは何を考えているのか、さっぱりわかりません。

 そうこうするうちにお姫さまも十八歳の誕生日を迎えました。お城の大広間では豪華な誕生パーティーがひらかれました。十八歳になってもまだ恋人がみつからないので、アンジェリカ姫はパーティーの席上でもちょっと憂欝そうでした。
 するとそのとき、窓から一陣の風が吹きこみ、燭台の炎をゆらめかせたかと思うや、その突風にのってひとかたまりの黒雲が舞いこんできました。あれよあれよという間に、黒雲はお姫さまをつつみこみ、どこかへ運び去ってしまいました。
 そうなるともう、パーティーどころではありません。お城は上を下への大騒ぎになりました。魔法使いにさらわれたことは明らかでした。王様はただちに、腕のたつ騎士たちを集めると、お姫さまを無事つれもどすように命じました。
 騎士たちは勇ましくお城を出たものの、よく考えてみると剣や槍で魔法にたちうちできるわけがありません。かと言って手ぶらでお城にもどれば即刻、首をはねられてしまうに違いありません。途方にくれた騎士たちが、その後どうなったかわかりませんが、魔法使い退治に行かなかったことは確かです。ましてやお城にも帰りませんでした。

 ここで話は変わって、町のはずれの農家にジャックという名の少年が住んでおりました。この少年はいつも、すてきなお姫さまと恋におちることばかり夢見ていて、家の仕事もろくに手伝いませんでした。
 そんなある日、アンジェリカ姫が魔法使いにさらわれたという噂を耳にしました。これぞチャンス到来とばかり、ジャックは納屋から武器になりそうなクワをかつぎだすと、さっそく旅に出かけました。

 幾日か旅を続けたジャックは、やがて魔法使いの住んでいるお城の前にやって参りました。彼は用心しながらお城の中に忍びこみました。石の階段をのぼっていくと、一番上の塔の中でお姫さまをみつけました。
 ジャックが扉をあけて駆け寄ろうとすると、お姫さまが少年に気づいて叫びました。警告してくれたに相違ありません。しかし、危険をおそれていたのでをお姫さまを手に入れることはできないと考えた少年は、勇気を出してお姫さまに近づきました。すると、お姫さまが絹を裂くような悲鳴をあげました。
「キャーッ!」
 きっと魔法使いが現れたのでしょう。ジャックはさっとふりむきました。案の定、戸口に魔法使いが立っていました。ジャックはかついでいたクワをふりあげて魔法使いに飛びかかりました。
 その時、魔法使いが隠し持っていた魔法の杖を取りだして、一振りしました。すると、勇敢な少年ジャックは小さなネズミになってしまい、こそこそと逃げていきました。
 アンジェリカ姫はそれを見るとほっとした表情になりました。
「びっくりしたわ。醜い男が突然、私の部屋に飛びこんで来るんですもの。あなたが来てくださらなかったら、どうなっていたか……」
 そう言って、魔法使いのほうを熱っぽい目で見つめました。それ以後、無遠慮な侵入者に悩まされることもなく、アンジェリカ姫は若くてハンサムな魔法使いと末長くしあわせに暮らしました。
              □おわり□

【初出】SFM同好会『宇宙気流』No.82
    (1973/2/21)

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