『鏡の国のアリス』名言・名場面集
ルイス・キャロル (さとう@Babelkund訳)


第一章 鏡の国の家

「キティ、おいたはこれで三つよ。まだ一つもお仕置きされていないでしょ。来週の水曜日まであなたのお仕置きはぜんぶためているのよ――もし、わたしのお仕置きがぜんぶためてあったら、どうしよう!」アリスは喋り続けますが、子猫相手というより、おもに自分に向けて話していました。「年末には何をされるのかしら? 執行の日になったら、たぶん牢屋に入れられるんだわ。そうでなければ――そうねえ――もし、お仕置きが晩ごはん抜きだったらどうかしら。みじめな執行の日になったら、そのときは、いっぺんに五十回分も晩ごはん抜きになるのね! でも、そんなのへいちゃらだわ。五十回分いっぺんに食べるよりは、抜きのほうがずっといいわ!」



「キティちゃん、ごっこ遊びしましょ――」ここで、アリスが「ごっこ遊びしましょ」というお気に入りのせりふを言ったあと、いつもどんなことを言うのか、その半分もお伝えできたらいいのですが。つい前日のことです。彼女は妹ととても長い言い争いをしました――それも、アリスが「ふたりで、王様たちと女王様たちごっこしましょ」と言い出したばかりに。そこで、とてもきちょうめんな妹は、自分たちふたりしかいないのだからできっこないと言い張りました。するとアリスはとうとう引き下がって、こう言いました。「いいわ、それならあなたがどれか一人をやってよ。そしたら、わたしが残り全部をやるわ」一度などは、年老いた乳母を心の底から震え上がらせたことがありました。アリスが耳元で突然こう叫んだのです。「ばあや! ごっこ遊びしましょ。わたしが腹ぺこハイエナで、ばあやが骨よ」






「いいこと、キティ。お喋りせずにしっかり聞いてくれるなら、鏡の国のおうちについてわたしが考えていることをぜんぶ話してあげるわ。まず、鏡の向こう側にお部屋が見えるわね――こちらの客間とそっくりだけど、ただいろんな物が反対向きになっている。椅子にのれば全部見ることができるわ――暖炉の裏側だけはちょっと見えないところがあるけど。そう! そのちょっとを見てみたいわ! 冬には火を入れるのかしら。とても知りたい。こちらで暖炉の火が煙をあげて、それであちらの部屋でも煙があがらない限り、分からないわよね――でも、それだってふりをしているのかもしれないし。まるであちらで火をたいているように見せかけるためにね。さて次よ。本はこちらのものとよく似ているのよ。ただ、言葉が逆向きになっているの。どうして知っているかというと、わたしはこちらの本を一冊、鏡に向けて持ち上げたことがあるの。そうすれば、あちらの部屋でも一冊持ち上げるのよ。
鏡の国のおうちで暮らしてみたくない、キティ? あちらでもおまえにミルクをくれるかしら? もしかしたら鏡の国のミルクは飲めないかもしれないわね――でもいいわ、キティ! 今度はあの廊下の話をしましょう。こちらの客間のドアを大きく開けたままにしておけば、鏡の国の廊下がちらっとだけ見えるでしょ。見える限りではこちらの廊下とよく似ているわ。でも、その先ではまったく違っているかもしれないでしょ。ああ、キティ! もし鏡の国のおうちに入っていくことができたら、どんなにすてきでしょう! そこにはきっとあるわよ、そう! とっても美しい物が!」



「ねえキティ、鏡の国の家に住んでみたいと思わない? あそこでもあなたにミルクをくれるかしら? たぶん鏡の国のミルクはおいしくないわ。―あら、キティ、こんどは廊下よ。こちらの客間のドアを大きくあけておけば、鏡の国の家にある廊下がちょっと見える。見たところ、こちらの廊下とそっくりだけど、あのずっと先はまるっきり違っているかもしれないわ。ねえ、キティ、鏡を通りぬけて鏡の国の家にはいっていけたら、どんなにすてきでしょう! きっとそこには、ええ、とってもきれいなものがあるわよ! 鏡を通りぬけて中にはいれる方法があるってことにしましょうよ、キティ。鏡がガーゼみたいにやわらかくなっちゃって、通りぬけられるっていうことにするの。ほら、だんだん霧みたいになっていくわよ。ねっ! かんたんに通りぬけられそう――」そう言いながら、アリスはマントルピースのうえに上がりました。どうやって上がったのか、じぶんでもよくわかりません。そして鏡はたしかに溶けはじめたのです。まるで銀色にかがやく霧のように
 つぎの瞬間、アリスは鏡を通りぬけて、鏡の国の部屋にふわりと飛びおりていたのです






ジャバーウォックの唄

時はじゅうじゅう ぬるやかなるトーヴらは
 ぐるぐるぐりぐり ずっ地をはいずり
なべて ぺらぼらし ボロゴーヴらは
  さては いでなるラースらのほえずり

「わが倅 ジャバーウォックに気をつけろ!
 咢でがぶり 鉤爪でざっくり 侮るな!
ジャブジャブ鳥に気をつけろ
  猛けり狂いしバンダースナッチに近寄るな!」

ヴォーパルの剣を手にして
 長の年月 おぞましき敵を探索し――
かくてタムタム樹の根方に 身を休めて
  物思いに佇むことしばし

怒れる思いで立ちつくしていると
 かのジャバーウォック 眼に炎を湛え
タルジーの森より現われ出でる ざわざわと
  迫りくるのは ごぼごぼと唸る声!

一撃二撃! 一撃二撃! 一突きまた一刺しと
 ヴォーパルの刃 深々と突き刺さる!
息の根を止めて 生首抱えると
  意気揚々と帰還する

「されば仕留めたか かのジャバーウォックを?
 晴れやかなるわが息子 この腕で抱きしめよう
褒めたたえん 素晴らしき日を!」
  嬉しさのあまり 声高らかに彼は笑う

時はじゅうじゅう ぬるやかなるトーヴらは
 ぐるぐるぐりぐり ずっ地をはいずり
なべて ぺらぼらし ボロゴーヴらは
  さては いでなるラースらのほえずり




第二章 おしゃべりな花たちの庭

ちょうどこの瞬間に、どうしたわけか、ふたりは走りはじめたのです。
 あとになってこのことを思い返してみても、アリスには、どうしてそうしはじめたのか、さっぱりわかりませんでした。彼女が覚えていることといったら、ふたりが手をつないで走っていたこと、赤のクイーンはアリスがついていくのが精一杯の速さで走り、それでも「もっと速く! もっと速く!」と叫び続けていたこと、アリスはこれ以上速くはできないと思ったけれど、息が切れてそれを言えなかったこと、それだけでした。
 この出来事のなかでいちばんおかしなことは、ふたりのまわりの木々やら何やらが、ぜんぜん位置を変えないことでした。どんなに速く走っても、ふたりは何かを通りこしたように見えませんでした。「みんなわたしたちといっしょに動いているのかしら」頭が混乱してしまった、かわいそうなアリスはそう考えました。クイーンは彼女の考えがわかったらしく、こう叫びました。「もっと速く! しゃべろうとするでない!」
 アリスはそうしようと思っていたわけではありません。もう二度としゃべれないのではないかしら、と感じていたのです。彼女はそれほど息が切れていたのです。それでもクイーンは叫びました。「もっと速く! もっと速く!」そしてアリスの腕をひっぱりました。「そろそろ着いたかしら」アリスはあえぎながらやっとのことで言いました。
「そろそろ着いただと!」クイーンは繰り返しました。「へん、十分もまえに通りすぎたわ! もっと速く!」そしてふたりはしばらく黙って走り続けました。アリスの耳のまわりで風がうなりをあげ、髪の毛が頭から吹き飛ばされてしまうんじゃないかしらと、アリスは思いました。
「ほら! ほら!」とクイーンは叫びます。「もっと速く! もっと速く!」そしてふたりはあんまり速く走ったので、とうとう空中を滑っているみたいになりました。足はほとんど地面にふれていません。やがて突然に、ちょうどアリスがくたくたになりはじめたころに、ふたりは止まりました。彼女は息をきらし、めまいを起こして、地面にすわりこんでいました。
 クイーンは彼女を木に寄りかからせると、やさしく言いました。「すこし休んだほうがいいだろう」
 アリスはまわりを見回してびっくりしました。「あら、わたしたちはずっとこの木の下にいたみたい! なにもかもさっきのままだわ!」
「もちろん、そうとも」とクイーンは言いました。「どうなっていたらよかったのだ」
「そう、わたしたちの国では」と、アリスはまだ少しあえぎながら言いました。「ふつうはどこか別の場所にたどり着くわ――わたしたちがやったみたいに、あんなに速く走り続けていたらね」
「なんとのろい国だ!」とクイーン。「そう、ここでは、同じ場所にとどまるためには全速力で走らねばならん。もし、どこかに行きたいのなら、少なくともその倍の速さで走らなければならぬぞ!」




第三章 鏡の国の虫

「これが例の森に違いないわ」アリスは眉をよせて独り言を言いました。「ものに名前がないという場所ね。中に入ったら、わたしの名前はどうなるのかしら? 名前をなくすなんてぜったいいやだわ――そうしたら別の名前を付けられることになるでしょ。それはまずまちがいなく嫌な名前よ。でも、前のわたしの名前をもらった生き物を探してみるというのもおもしろいわね。まるで、ほら、迷い犬を探すときに出す広告みたい――『ダッシュと名を呼べば答えます。真鍮の首輪をつけています』――考えてみて。だれかが答えるまで片っ端から『アリス』って呼びかけるのよ! でも、相手が賢かったら、ぜったい答えないわね」


第五章 ウールと水

アリスはピンをほとんど刺し直してから言いました。「でも、ほんとうに侍女がいたほうがいいですわ!」
「そうね、よろこんであなたをわたしの侍女にしてあげましょう!」とクイーン。「一週間に二ペンス。それから一日おきにジャムをあげるわ」
 アリスは失笑しながら言いました。「わたしを雇っていただきたいわけではないんです――それにジャムはほしくないし」
「とってもいいジャムなのよ」とクイーン。
「でも、とにかく今日の分はいらないわ」
「たとえあなたがほしかったとしても、それはもらえないのよ」とクイーン。「規則では、明日のジャムと昨日のジャム――今日のジャムはないの」
「いつかは『今日のジャム』になるはずよ」とアリスが異議をとなえました。
「いえ、そうはならないの」とクイーン。「一日おきのジャムなのよ。だから今日は飛ばされてしまうの。わかるでしょ」
「おっしゃっていることがわかりません」とアリス。「頭がひどく混乱しちゃうわ!」
「それは過去に向かって生きることの影響なのよ」とクイーンがやさしく言いました。「さいしょはちょっとくらくらするものよ」
「過去に向かって生きるですって!」アリスがびっくりして繰り返しました。「そんなの聞いたことないわ!」
「――でも、それにはひとつとってもいいことがあるのよ。記憶が未来にも過去にも働くもの」
「わたしの記憶は一方にしか働かないわ」とアリス。「何かが起こる前に、それを思い出すことはできないもの」
「過去にしか働かないとは、なんておそまつなたぐいの記憶だこと」とクイーン。
「陛下がいちばんよく覚えていらっしゃるたぐいの出来事は何ですか」アリスは思い切って聞いてみました。
「そうね。再来週起こったことね」クイーンは平然と答えました。




第六章 ハンプティ・ダンプティ

「あなたは言葉を説明するのがとても上手みたい」とアリス。「もしよろしかったら、『ジャバーウォックの唄』という詩の意味を教えていただけないかしら」
「言ってみたまえ」とハンプティ・ダンプティ。「これまでに生み出された詩はすべて説明できるし――まだ生み出されていないものもかなり説明できる」
 これはとても有望に思えました。それでアリスは詩の第一連を暗唱しました。
 
  「時はじゅうじゅう ぬるやかなるトーヴらは
    ぐるぐるぐりぐり ずっ地をはいずり
   なべて ぺらぼらし ボロゴーヴらは
    さては いでなるラースらのほえずり」
 
「まずはそれでじゅうぶんだ」ハンプティ・ダンプティがさえぎりました。「むずかしい言葉がたくさんある。『じゅうじゅう』は午後四時のことだ――夕食のために何かをじゅうじゅう焼きはじめる時間だな」
「うまくいきそう」とアリス。「では『ぬるやか』は?」
「ええと、『ぬるやか』は『しなやかでぬるぬる』ということだ。『しなやか』は『活発』と同じことだ。こいつは両開きの旅行かばんのようだろ――ひとつの言葉にふたつの意味をつめこんでいるんだ」
「そうなのね」アリスは真顔で言いました。「それでは『トーヴ』って何?」
「ええと、『トーヴ』というのは、どこかアナグマみたいで――どこかトカゲみたいで――どこかコルク抜きみないなものさ」
「とってもおかしなかっこうの生き物にちがいないわ」
「そのとおりさ」とハンプティ・ダンプティ。「しかも、やつらは日時計の下に巣をつくるんだ――それに、チーズを食って生きてる」
「それでは、『ぐるぐるぐりぐり』って何?」
「『ぐるぐる』とは、ジャイロスコープみたいにぐるぐる回ることだ。『ぐりぐり』とは先がネジ状の錐みたいに穴をあけることだ」
「それなら『ずっ地』は日時計のまわりの芝地でしょう?」とアリス。じぶんの頭のよさにびっくりしました。
「そのとおりだよ。それが『ずっ地』と呼ばれるのは、手前でずっとこっちまで広がっているし、後ろ側でずっとそっちまで広がっているからで――」
「それに、左右でずっとあっちまで広がっているからね」とアリスが付け足しました。
「まさにそのとおり。ええと、それから、『ぺらぼらし』というのは『ぺらぺらでみすぼらしい』だ(これもまた、ご存じかばん語だよ)。それから『ボロゴーヴ』というのは、がりがりですり切れたように見える鳥で、羽が全身から突き出ている――まるで生きたモップだ」
「それでは『いでなるラース』は?」とアリス。
「ええと、『ラース』は緑色のブタみたいなものだ。だが、『いで』はよくわからん。たぶん『いえからでた』を縮めたものだ――意味は、道に迷ったということだろうな」

「それでは『ほえずり』はどういう意味?」
「ええと、『ほえずり』というのはほえる声とさえずりの中間のようなものだ。間にくしゃみみたいなのが混じっている。いずれにせよ、きみはたぶんそれを耳にすることになるだろう――あそこの森に入ったところで――そして、一度それを聞いてしまえば、もうじゅうぶん満足だろうよ」


巻末詩

小舟が晴れわたる空のもと
夢見るようにゆっくり進む
それは七月の日暮れどき
 
子どもら三人はそっと寄り添い
目を輝かせ 耳をそばだてて
たわいない物語に心躍らせる
 
あの晴れわたる空はとうに色あせて
こだまも絶え、思い出も消え
秋の霜が七月をほふり去った
 
あの子の姿は幻のようにまだここにある
空の下を動きまわるアリスを
開いた目で見ることは決してない
 
子どもらはまだ あの物語を聞こうとして
目を輝かせ 耳をそばだてて
愛らしくそっと寄り添っていることだろう
 
不思議の国で横たわるあの子らは
月日の過ぎ行く間も夢見て
いくたび夏が終わる間も夢見ている
 
いつまでも流れに身をまかせる――
黄金色の光のなかでたゆたう――

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