星を夢に見る子  

チャールズ・ディケンズ
さとう@Babelkund訳

A Child's Dream of a Star
by Charles Dickens
(Household Words a Weekly,
No.2, April 6, 1850)

 むかしひとりの子どもがいました。その男の子はあちこち歩きまわっては、いろいろなことを考えていました。その子には妹がいました。その子も小さく、ふたりはいつも仲よしでした。このふたりは一日中よく考えていました。花々の美しさのことを考えていました。空の高さと青さのことを考えていました。きらきらした川や海の深さのことを考えていました。このすばらしい世界をお造りになった神さまのやさしさとお力について考えていました。
 ふたりはときどき話しあうことがありました。もしこの世の子どもたちがみんな死んでしまったら、花たちも、川も海も、空も悲しんでくれるだろうか。ふたりは、きっと悲しんでくれると信じていました。なぜかって(と、ふたりは言いました)、つぼみは花たちの子どもだから。丘の斜面をはねまわって流れ下る小さないたずら好きのせせらぎは、川や海の子どもだから。一晩中、空の上でかくれんぼうしているとても小さな明るいぽつぽつは、きっと星たちの子どもにちがいないから。だから、遊び仲間になってくれる人間の子どもたちにもう会えなくなったら、きっと悲しんでくれることでしょう。
 明るく輝くひとつの星がありました。ほかの星が出るまえに、教会の尖塔の近くの墓地の上の空にいつも現われました。ほかのすべての星よりもずっと大きくてきれいだと、ふたりは思っていました。そして毎晩ふたりは手をつないで窓辺に立って、その星をさがしました。どちらが先に星をみつけても、こう叫びました。「星が見えたよ!」ふたりいっしょに叫ぶこともありました。星がいつどこに現れるかよく知っていたのです。それでふたりはこの星と友だちとなり、ベッドにはいるまえにもういちど外を見て、星にお休みと言うのが習慣になりました。そして寝るためにベッドのほうにむかうときに、いつも「お星さまに神のご加護を!」と言うのでした。
 しかし、妹がまだとても小さく、そうとてもとても小さいときに、からだがおとろえ、夜に窓辺に立つことがもうできないくらいに弱ってしまったのです。それで男の子はじぶんだけで悲しげに外を見て、あの星を目にしたときにふりむくと、ベッドに横たわったがまん強そうな青白い顔にむかって言うのです。「星が見えたよ!」するとその顔には笑みがうかぶのです。それから、小さな弱々しい声でいつもこういうのでした。「お兄さまとお星さまに神のご加護を!」
 そうして時は流れてゆきました。あまりにもあっけなく! 男の子はひとりで外をながめるようになり、ベッドにあの顔は見られなくなりました。墓地の以前になかったところに、小さなお墓が加わりました。男の子が涙をうかべてあの星を見つめているときに、星の長い光線がその子にふりかかるようになったのです。
 さて、この光線はとても明るく、そして地上から天界にむかって輝く道を作っているように見えたので、男の子はひとりきりでベッドにはいったとき、あの星のことを夢に見ました。そのきらめく道を人びとの列が天使に導かれて上がっていき、それを自分がいま寝ている場所でながめているのを夢に見たのです。そして、あの星は門をあけて、男の子に大いなる光の世界を見せました。そこにはさらにおおぜいの天使たちが人びとを受けいれるために待っていました。
 待ち受ける彼ら天使たちはみな光り輝くまなざしを、その星につれてこられた人びとにむけました。天使たちの何人かが、並んでいたその長い列から離れて人びとの首に手をまわし、やさしくキスすると、その人びとをともなって光の大通りを去っていきました。いっしょにいるその姿があまりにも幸せそうだったので、男の子はベッドの中でうれし涙を流しました。
 でも、人びとといっしょに行かなかった天使もたくさんいました。その中のひとりを男の子は知っていました。かつてベッドに横たわっていた、がまん強そうな顔は神々しく光を放っていたのですが、男の子の心は、天使たちの中から妹を見分けることができました。
 妹の天使は星の入口近くにたたずんでいました。そして、人びとをそこへつれてきた天使たちのリーダーにむかってききました。
「わたしのお兄さまは来るのですか」
 リーダーがこたえました。「いいえ」
 妹は幸せそうに立ち去りました。そのとき男の子は両腕を差しのばして叫びました。「ああ、妹よ、ぼくはここいいる! つれてってよ!」すると妹は光り輝くまなざしを兄にむけました。それは夜のことでした。そして男の子が涙の目で星を見ているときに、星は部屋に光を投げかけ、長い光線を男の子にむかって降りそそぎました。
 それ以来、男の子は自分の番が来たら行くことになっている「大いなる家」にいるかのようにその星を見つめました。そして、自分は地上の一員であるだけでなく、あの星の一員でもあるのだと考えました。なぜなら、自分の妹の天使が先に行っているのですから。
 その男の子にとって弟となる赤ちゃんが生まれました。そして、とても小さくてまだことばもしゃべれないときに、赤ちゃんはベッドの上でとても小さな体をせいいっぱいのばして、それから亡くなってしまいました。
 また男の子は門を開いた星の夢を見ました。それから天使たちの一団と、人びとの長い列と、その人びとの顔に光り輝くまなざしをむける天使たちの列の夢も。
 妹の天使はリーダーに聞きました。
「わたしのお兄さまが来るのですか」
 するとリーダーはこたえました。「いいえ、あの子ではありません。別の兄弟です」
 男の子は妹の腕に抱かれた弟の天使を見ると、叫びました。「ああ、妹よ、ぼくはここにいる! つれてってよ!」すると妹はふりむいて男の子にほほえみを投げかけました。そして星が輝いていました。
 男の子は若者になり、日々、本を書くのに忙しくしていると、年老いた召使いが彼のところにやってきて言いました。
「あなたのお母上が亡くなりました。お母上の愛するご子息にむけた、母上の祝福のことばをお届けにきたのです!」
 夜になるとふたたび、若者は星を見ました。そして、先に行ってしまったすべての人びとも目にしました。妹がリーダーにききました。
「わたしのお兄さまが来るのですか」
 するとリーダーがこたえました。「あなたのお母様ですよ!」
 力強い喜びの叫びがその星にひびきわたりました。母親は、自分のふたりの子どもと再会したのですから。若者は両腕を差しのばして叫びました。「ああ、お母さん、妹よ、弟よ、ぼくはここにいる! つれてってよ!」すると彼らはこたえました。「まだよ」そして星が輝いていました。
 彼は大人になりました。その髪は白くなりかけていました。炉端の椅子にすわっている彼に悲しみが重くのしかかり、顔は涙でぬれていました。そのとき星がまたもや門をあけました。
 妹の天使がリーダーにききました。「わたしのお兄さまが来るのですか」
 するとリーダーはこたえました。「いいえ、彼の幼い娘が来ます」
 そしてかつて子どもだった男は、最近亡くした自分の娘の姿を見ました。ほかの三人にかこまれて天界の住人となった娘を。男は言いました。「わたしの娘の頭は妹の胸に置かれ、娘の片腕はわたしの母の首にまわされ、娘の足元にはあの時の赤ん坊がいる。わたしは娘との別れに耐えることができる。神に祝福あれ!」
 そして星が輝いていました。
 こうしてあの男の子は老人になり、かつてなめらかだった顔はしわだらけになり、その足どりはゆっくりで弱々しいものになり、背中は曲がっていました。そしてある晩、男がベッドに横になり、彼の子どもたちがまわりを取り囲んでいるときに、彼は叫びました。ずっとむかしに叫んだように。
「星が見えたよ!」
 子どもたちがささやきをかわしました。「父さんは死にかけている」
 すると男は言いました。「そうだよ。わたしの寿命は、まるで衣が脱げるようにわたしの体から抜けおちていく。そしてわたしは子どものようにあの星にむかっている。おお、わが父よ、いまわたしはあなたに感謝します。これほど何度も門をあけてくださり、わたしを待っていてくれる、あの愛しい人びとを受け入れてくださったことを!」
 そして星が輝いていました。そして男の墓石の上で輝きます。

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