ネバーランドはどこにある

(1)話の発端は
 ネバーランドのある場所は?
「右から二番目の星をめざして、まっすぐ朝まで」
 ピーター・パンの有名な台詞です。
 話の発端は、〈一の日会〉月例会で、井口健二さんがベネディクト・カンバーバッチ初主演作のイギリス映画『僕が星になるまえに』"Third Starを話題にした時のことでした。その原題にふれて『ピーター・パン』との関連を示唆しました。自らのホームページ「井口健二のOn the Production」の二〇一三年九月二九日付でも「『ピーターパン』でネヴァーランドがあるのは「右から二番目の星」の方角のようだ。」と記載しています。
 ところが翌月の〈一の日会〉月例会で、岡田芙さんが『ピーター・パン』の原文にあたった結果、原作ではSecond starとなっておらず、
"Second to the right, and then straight on till morning."
であると報告しました。Second starはディズニーによる創作だろうということでした。

(2)原作を調べてみると
 確かに、ジェームズ・M・バリの戯曲"Peter Pan"(初演一九〇四)およびそれを小説化した"Peter Pan and Wendy"(一九一一)にはstarという単語は入っていませんでした。
 この台詞はピーター・パンがウェンディに「どこに住んでいるの?」とたずねられて咄嗟に口に出したものです。それを聞いたウェンディは「おかしな住所ね」と返します。
 原作の小説の第四章冒頭で語り手はこう書いています。「ピーターがウェンディに言ったこのことばがネバーランドへの道筋です。でも鳥だって、たとえ地図をもっていて風の曲がり角のたびに調べていたとしても、この説明では島を目にすることはできなかったでしょう。もちろん、ピーターはただ頭に浮かんだことを口にしただけだったのです」
 ピーターはこの一文を発しているあいだに二度、ことばのすりかえをやっています。
 ピーターが"Second to the right"と言ったときはふつうの言い回し"Second (house) to the right"(向かって右の二番目の家)の意味でした。
 ピーターはこのことばを発したあとで、簡単すぎてつまらないと思い、"and then straight on"(それからまっすぐ)とつなげました。原文では"to the right"と"and then"のあいだに"said Peter"と地の文が入っていて、一拍間をおいた形になっています。これによって前の文は目的地ではなく通過点を示すことになり、"Second (road) to the right"(向かって右の二番目の路地を行って)の意味にすりかえられます。さらに"till"(〜まで)と続けて終着点を述べようとするのですが、このあとに空間的な目標をおかず、時間的な目標にすりかえて"till morning"(朝まで)と言います。こうした二度のことばのすりかえによって、ウェンディのいう「おかしな住所」となったわけです。つまりこういう訳になります。
 「向かって右の二番目のとこだよ」とピーターは言った。「ええとそれからずっと行くんだ。つきあたりで朝になる」
 なお、ベティ・ブロンソン主演の無声映画『ピーターパン』(パラマウント、一九二四)ではこの台詞はありません。

(3)ディズニーが変えた
 ディズニーが一九五三年にアニメ化したときは「おかしな住所」では観客が理解できないと考えたのか、secondのあとにstarを入れました。さらにand thenのthenをとります。すなわち、
"Second star to the right and straight on till morning."
となり、thenがないことでandの前後の文から時間的な前後関係のニュアンスが薄くなって、and以降は前の文の追加説明になります。つまり、ここでもすりかえが行われているのです。
 ここでto the rightの翻訳の問題があります。
 ディズニーのアニメでは当初「右から二番目の星」と訳していました。しかし、画面ではピーターが指さす先には明るい星が二つあり、特に明るい右のほうの星の先にネバーランドが現れます。つまり、「右から」でなく「(向かって)右に二番目」なのです。オープニングのメイン・テーマ"The Second Star to the Right"にもこのことばが使われており、歌詞の最初はThe second star to the rightとなっていますが、最後の歌詞は、「そしてわたしたちの旅が終わるたびに『おやすみなさい』と言い、右から二番目の(The second from the right)輝く小さな星に感謝しましょう」(さとう訳)となっています。つまり最初は「右に二番目」、最後が「右から二番目」であることは明白です。
 本編中の日本語の吹き替えは、以前は「右から二番目の星をめざして、まっすぐ朝まで」となっていたのですが、間違いに気づいたのか、現在のDVDでは「右に光っている星に向かってまっすぐに飛ぶんだ」と変えられています。ただ、オープニングの歌の出だしは(題名「右から二番目の星」が定着してしまっているので?)「右から二番目に輝く星」のままです。
 『ピーター・パン2 ネバーランドの秘密』(二〇〇二)の挿入歌では、日本語題名は「右から二番目の星」のままですが、おとなになったウェンディが歌う歌はついに「右に光る星が語りかける」と変えられています。
 ディズニー以降、「二番目の星」が定着してしまいました。キャシー・リグビー主演のブロードウェイ・ミュージカル(初演一九七四)でピーターが窓の前で言う台詞では"Way out there. You just follow all the golden arrows."(そこから出るんだ。ただ金の矢(=陽の光)について行けばいいのさ)となっていますが、歌の中に"Second star to the right"という歌詞が入っています。実写版の映画『ピーター・パン』(二〇〇三)では、原語は原作どおりですが、吹き替えでは「二つ目の星を右。で、朝までまっすぐ」となっています。井口さんが紹介している映画『僕が星になるまえに』もそうしたことが背景になっています。

(4)右に曲がっていいの?
 バリの原作にもどり、"Second to the right"はどのように訳されているのか見てみました。手許にある一九二九年から二〇一三年までの翻訳(戯曲四点、小説十三点、アニメ・映画のノベライズは除く)を調べてみました。おおむね「二番目の角を右に曲がって、それからまっすぐ朝まで」となっています。「角」が「曲がり角」だったり「ブロック」だったりという違いはありますが――。最新の河合祥一郎訳(角川つばさ文庫)でも「ふたつめを右へ行って、それから、朝までまっすぐ」となっています。ただ、菊池寛・芥川龍之介訳(戦後、菊池寛校閲、船田小常訳として再刊された)では「右に二度曲がって」となっていました(それはないよね>菊池さん)。
 ところが"to the right"自体には「曲がる」というニュアンスは含まれていません。動詞や形容詞にかかる場合は副詞句として「右に・右側に・右方に・右手に」という意味になります。keep to the rightなら「右側を通る」です。Turnやbearといっしょになってはじめて「右に曲がる」という意味になります。
 「日本におけるアリス」について博士論文を書くための研究材料を集めに来日していた南カリフォルニア大学の学生さんと(日本語で)話す機会があり、この点を確認したところ、図を書いて説明してくれました。それによると「自分の真正面を基準にして右方向に二番目」の意味であり、それ以外の解釈はないとのことでした。
 また、ロバート・スティーブンスンがジェームズ・バリを自分の所有する島に招いたとき、この台詞を踏まえて、「サンフランシスコに向かって船を進めたまえ。ぼくの島は左の二番目だ(my place is second to the left)」と説明しています。ここからも to が曲がる方向を指すのではなく、数える方向(順序)を指しているのは明らかです。
 ですから「二番目の角を右に曲がって」は誤訳です。右方向の二番目の角を曲がるなら左にしか曲がれません。右に曲がったらもとにもどってしまうでしょう。ネバーランドに行くときは、迷子(ロスト・ボーイ)にならないよう、くれぐれも気をつけてください。

【初出】SFM同好会「宇宙気流」No.88
    (2014/12/18)

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