失われたアリスの挿絵〜瀬間高角と中島潔のアリス画〜  さとう@Babelkund

 アリスの挿絵は、かわいらしいことが優先されがちだ。昨今、古典文学や思想書でも表紙をコミック調にして読者の取っ付きやすさを狙ったものが多い。そうした出版の流れの中で、特色があるが改版によって消えていってしまったアリス画がある。いまは絶版になっている『ふしぎの国のアリス』で挿絵を描いたふたりのアーティストを紹介したい。
 ひとりめは瀬間高角(せまたかすみ、一九三四〜二〇一五)。愛知県出身の洋画家で、同じく愛知県の児童文学者・原昌さんの翻訳した『ふしぎの国のアリス』(国土社、一九七七)に挿絵をつけている。その作風は、シュールレアリスティックであったり、デザイン画風であったりして、他のアリスの挿絵とは一線を画しており、不思議な魅力がある。日本ルイス・キャロル協会の英文ジャーナルLewis Carroll Studies No.1 (一九九九)掲載の原昌さんの研究論文でも、その1枚が紹介されている(p.45 Fig.8)。国土社のこの挿絵は一九九〇年の新装版のときはそのまま使われたが、二〇〇四年の改版(現行版)ではカラー口絵、挿絵とも完全に削除され(おそらくページ数を減らしてコストを下げるため)、別のイラストレーターによるモノクロの口絵が入れられた。表紙については、国土社は当初から全集各巻共通のカバー装画を使っており、作品ごとの表紙絵はない。ちなみに一九七七年版は古書市場では八千円以上の高値がついている。







 もうひとりは、中島潔(なかしまきよし、一九四三〜)。日本画家、絵本作家、イラストレーターで、NHKの「みんなのうた」や「放送受信料支払い」PRアニメでおなじみだろう。郷愁をさそう童画や儚げな女性画を数多く描いている。挿絵・絵本の業績としては、『小公女』『赤毛のアン』『そんごくう』『フランダースの犬』(以上、ポプラ社)、『マッチ売りの少女』(小学館)などがある。特に最後の作品は十五枚の大きなカラー・イラストが動きのある流麗な童話世界を描き出しており、ため息が出る。そして、この中島潔が蕗沢忠枝訳『ふしぎの国のアリス』(ポプラ社文庫、一九八二)にアリスの表紙絵・挿絵をつけたのだ。動きの一瞬をとらえたような中島潔独特の筆致で描かれたアリスや不思議の国の住人たちの姿はじつに愛らしい。しかし、二〇〇五年にこのポプラ文庫がポプラポケット文庫に模様替えされたときに、表紙・挿絵は他のイラストレーターのものに差し替えられ、さらに二〇一五年の改装のときに、新訳(佐野真奈美訳)になると同時に、表紙・挿絵はヤング好みのコミック調のもの(24画)に変えられた。
 日本のアリス画の宝ともいえる瀬間高角と中島潔の作品が、出版界の厳しい流れの中で失われてしまったのは、実に残念だ。


ポプラ社《こども世界名作童話》
『小公女』(中島潔画)















ポプラ社《こども世界名作童話》
『赤毛のアン』(中島潔画)















小学館《世界おはなし名作全集》
『マッチ売りの少女』(中島潔画)


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