クリスマス幻想曲

さとう@Babelkund


「冬だっていうのに……。」
 たそがれの公園。点在する成形プラスチックのベンチは、掛ける者もなく、あたかも自らの思いに沈んでいるかのようだった。
 ボブはそこにひとりたたずみ、薄暮のヴェールのかかった花壇の花々に視線を投じてため息をついた。
「冬だっていうのに花が咲きそろうなんて……。これも、陽気がいいせいか。クリスマス・イヴだぜ、今日は。だのに雪のゆの字も降りゃァしない。気象制御センターか。畜生(ザ・デヴル)!」
 彼は罵声を吐いた。と、不意にうしろからの声。
「お呼びで?」
 ボブはぎくっとして振り向いた。そして、声にならない悲鳴が彼の口からもれた。
 そこに立っていたもの――それは三つ叉ほこを持った赤い小悪魔だった。背丈は一メートル半くらい。角をはやし、下半身は牧羊神に似てやぎの姿で、長いしっぽの先が矢印のようになっていた。
「何をそうおどろいていらっしゃるのです。」
「き、きみは……?」
「ご覧のとおり、小悪魔です。あいにく魔王(ザ・デヴル)様はご多忙でして、代わりに私が参上いたしました。」
 ボブは唖然となった。「ザ・デヴル」――彼はそれを(昔からよくそうするように)単にののしりの言葉として使ったに過ぎないのであって、魔王を呼び出すつもりなど毛頭なかったのだから。
「ご用件は何ですか。」
 彼は戸惑った。
「何かご不満をお持ちのようでしたね。雪のゆの字がどうとか。」
「えっ? ああ、クリスマス・イヴだというのに、気象制御センターは雪のゆの字も降らせないんだ。それどころか、どうだこの暖かさは。まるで春のような陽気だ。世間のやつらも、クリスマスにはまったく無関心だ。原始的風習と決めつけている。」
 ボブは吐いて捨てるように言った。
「雪が降ることがお望みなのですね。」
 小悪魔に改まってそう言われ、彼は少しばかり気勢をそがれた。
「ま、まあな。」
「私に気候を変える魔力などありませんが、なんとかお役に立てるでしょう。」
 そして、手に持った三つ叉ほこを、とがったしっぽの先で示して言った。
「これいつかまって下さい。」
 ボブは小悪魔の言に従った。
「何をするつもりなんだ。」
「むろん、気象制御センターへ行くのです。」
 次の瞬間、青白い閃光がひらめき、ボブは反射的に目を閉じた。
 目をあけるとそこは、電子照明特有の青い光に照らされた通路だった。ボブは呆然自失の体でその場に立ちすくんだ。
「おどろかせてすみません。空間をちょっとショートさせることによって、存在地点を変えたんです。」
 しっぽの先で、そばのドアをさして、「そこが主制御室ですね。中にいる従業員をかたづけてきますから、ここで待っていて下さい。」
 そう言うと、小悪魔はふっと姿を消した。が、一分とたたないうちに、再びボブのまえに姿を現わした。
「従業員はかたづけました。さあ、中へはいりましょう。」
「殺したのか、従業員を。」
「いえ。私たちがここへ来たのと同じように、空間をショートさせて彼らの存在地点を遠くへ移してしまったのです。」
 と、小悪魔。
 主制御室の中にはいると、ボブは室内を見渡した。中央にはデスク型の装置が備えつけられ、正面と右側の壁はコントロール・パネルに、左側の壁はスクリーンになっていて、スクリーンには巨大な天気図が映し出されていた。
「さあ、仕事にかかりましょう。ご所望どおり、雪を降らせるのです。」
 小悪魔が言った。
「どうやって。」
 と、ボブ。
「まず、気温を下げるのです。ええと、気温調節装置のパネルはどれかな。」
「何?」
「気温調節装置。大気構成分子の熱運動を制御する装置です。熱が物質を構成する分子や原子の運動だということはご存じでしょう。」
 小悪魔はコントロール・パネルの上に視線を走査しながらそう説明した。
「ないぜ、そんな装置は。」
 うしろから、ボブがきまりわるそうにぼそぼそと言った。
「え。何がです?」
 小悪魔は振り返った。
「ここには、そんな装置はないんだ。」
「では、どこに?」
「どこにもないよ。気温を制御するのにそんな装置は使わない。自然発生した気団をうまく誘導したり、海流の流れを変えたりして、気温を調整するんだ。」
「なんて原始的な! そんな方法では、必要な温度まで下げるのに何日もかかります。では、その装置を借りてきましょう。」
「どこで? 世界中さがしたって、そんな装置は見つかりっこないぜ。それとも地獄から?」
「ええ。私たちの世界――あなた方の言う地獄――の気象制御センターからです。しばらく、ここで待っていて下さい。」
「ま、まってくれ。もし人が来たら……?」
「そんなに時間は取らないつもりです。」
「しかし……。」
 ボブが再び引き止める間もなく、小悪魔は姿を消した。あとは、耳の痛くなるような静寂が室内を満たしていた。その中で彼は待った。一分、二分、三分……。」
 空虚な五分間が過ぎ去ったとき、小悪魔が現われた。
「おそくなって、すみません。装置借用の手続きに、思ったより時間がかかったものですから。」
 ボブは、小悪魔の周囲をじろじろ見て言った。
「装置はどこに?」
「この建物の外で作動させています。ところで、次の作業にかからなくては。水蒸気をシティの上空にまき散らすのです。」
「それなら確かここに、自動操縦のスティーム・ヘリコプターが数機あると聞いている。」
「それは好都合です。」
 と言うと、小悪魔はさっそく始動装置をさがしはじめた。ボブも何もしないでいるのは気が引け、小悪魔が壁のコントロール・パネルをさがしている間に、部屋の中央にあるデスク型の装置のパネルを指でたどった。
「あったぜ!」
 ボブが叫んだ。小悪魔が、ひづめの音を立てて彼のそばへやって来た。ボブはパネルの上に十個のボタンを示して言った。
「ヘリ一機がボタン一個に対応していてそれぞれ分担された場所を飛び回るようになっているらしい。」
 小悪魔はうなずくと、長いしっぽをまえに回して、その先でボタンを次々と押した。ヘリコプターの飛び立つかすかなひびきが伝わってきた。
「これで作業はすべて終わりです。」
 と、小悪魔が言った。
「シティのやつら、びっくりするぜ。ここ数年来、雪なんて見たことないんだから。」
 ボブはにやりと笑った。
「ご覧なさい。」
 小悪魔が、スクリーンに映った天気図の上の天気記号が、気象制御センターを中心に次第に雪に変わっていくのを、しっぽの先でさして言った。
 それから二人は建物の外に出た。
 外はもう真っ暗で、気象制御センターの位置している小高い丘の上からは、星屑のようなシティの灯が見えた。そして空からは無数の白い小さな落ちてくるのが――。

 翌日、早朝に赤い小悪魔の訪問を受けたボブは、ベッドからはね起きた。
「おい、おい。まさか、昨日の報酬としておれの魂を……。そんな約束はした覚えないぜ。」
「いえ、とんでもない。そのような用で参ったのでは決してありません。実は、おわびに参ったのです。」
「おわび? 雪が降ったことで、おれは満足だ。少しくらい寒くなっても、それはしかたない。がまんするさ。」
「いえ。外に出ていただければ、おわかりになります。」
 ボブはガウンをまとうと、ドアのまえに立って、わきのボタンを押した。低いモーターのうなりと共にドアが開いた。
「こ、これは!」
 ボブは驚嘆の声をあげた。
「もうしわけありません。気温調節装置が途中で故障して、水蒸気の分子をひずませてしまったのです。」
 そう言い終わると、小悪魔は深紅の雪の中に飛び出して、叫んだ。
「メリー・クリスマス!」
「メリー・クリスマス。」
 と、ボブ。
 小悪魔はまっかな雪の中をとびはねながら遠ざかっていった。
              □おわり□

【初出】ファンタスツ・クラブ「if」No.3(1964/12/31)

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