【解説】

 故ハワード・ロバーツは、冒険児クロンカイトとハイボリック時代の物語によって、(出版元が言うところの)サイエンス・ファンタジー中で最大のキャラクターのひとつを創造した。この機会に、クロンカイトのビブリオグラフィーをふりかえってみよう。ご存じのように物語は最初、古きアンスピーカブル誌などの一九三〇年代のパルプ雑誌に掲載された。いくつかの原稿(五篇の物語とハイボリック時代の歴史に関するエッセイ一篇)は最初、ロバーツ傑作集 SKULL-RACE AND OTHERS(Miskatonic, 1946)に収録された。一九五〇年から、ピクシー・プレスはJ・ウェリントン・ウェルズらの著名なハイボリック研究家の協力を得て、クロンカイト全集の出版という偉業に着手した。これらの本を、刊行順でなくクロンカイト年代記に従って列挙することは、読書の上での一助となろう。現在までに出版されているものは次の六冊である。
  冒険者クロンカイト(Pixy, 1953)
  狂戦士クロンカイト(Pixy, 1954)
  荒獅子クロンカイト ――J・ウェリントン・ウェルズにより改作――
           (Pixy, 1953――前記二巻と年代記上オーバーラップ)
  風雲児クロンカイト(Pixy, 1952)
  大帝王クロンカイト(Pixy, 1953)
  征服王クロンカイト(Pixy, 1950; ペーパーバック版 Deuce, 1953)
 ここに紹介するエピソードは、疑いもなくクロンカイトの全年代記中で最もよくその特徴を表わしている一篇であるが、いかなる経緯によってこれが全集からはずされてしまったのか、理解しかねるところである。

 冒険児クロンカイト

   The Barbarian

ポール・アンダースン
さとう@Babelkund訳

 ハワード/ディ・キャンプ方式による氷河期前の碑文の解説が世に出て以来、人類大移動の原因となったあの洪積世氷河期によって地上から一掃されてしまうまで、栄華をきわめた大文明に関しては、歴史、民族学、日常生活に至るまで、詳細な研究が進められてきた。たとえば、今日つぎのようなことが知られている。魔法が使われていた。現在の中央アジア、近東、北アフリカ、南欧および諸方の大洋にあたるところには、高度の文明をもつ国々が存在した。それ以外の土地には野蛮人が住んでいた。なかでも北欧人は巨漢で力強く、好戦的であった。すくなくとも、研究家たちはわれわれにそう言っている。そして、自分たちが北欧系の血をひいていることも承知しているはずである。
 これから紹介するのは、キレネの遺跡で最近発見された手紙の翻訳である。キレネは、東地中海地方に覇を唱えていた偉大にして退廃的な国、サルミア帝国の田舎町である。帝国の首都サルミアは当時最も美しい都であると同時に、最も色欲に満ちた墜落の都でもあった。サルミア帝国の北方には未開の放浪騎馬民族か人馬族ケンタウロス(あるいはその両者)がおり、東方にはチャタク王国があり、南方には蛇崇拝者(あるいは蛇自身)の僧侶階級によって統治されるセルペンズ蛇神政体があった。
 この手紙は明らかにサルミアで書かれ、キレネに届けられたものである。推定年代は、紀元前十七万五千年頃である。
    *    *    *
 帝国水道サルミア本部副々々総監、マクシリオン・クウェストスより、キレネ区魔術局長なる我が甥、チャイアストンへ
 拝啓
 貴下、益々御健勝の段、お慶び申し上げる。引き続き神々の御加護のあらん事を。小生の方は、大過なくやっているが、近ごろ痛風ぎみで、よい治療法がないものかと(以下、家庭療法の記述であり、冗浸すぎるため省略)。しかしながら、これは効を奏さず、懐具合とからだを消耗するにとどまった。
 貴下はアトランティス旅行のあいだ、こちらのことをまったく耳にしなかったに相違ない。それでなければ、手紙で「野蛮人バーバリアン事件」について尋ねたりするわけがないからな。事件もどうやらケリがついて、ようやく、あの不運な出来事すべてを誰はばかることなく書き記すことができる。三女神の御加護で、聖なるサルミアはその変事をからくも切り抜け、われらはいまだいくぶん動揺ぎみではあるが、万事好転してきでいる。小生が、いつも身につけようとしてきた哲人的な冷静さから時々逸脱して見えるならば、それはあの野蛮人のせいだ。小生はかつての小生ではないのだ。われわれすべてが、そうなのだ。
 それでは、三年ほど前、チャタクとの戦争が国境付近のこぜりあいにまで落ち着いたところから話をはじめよう。時折、いずれかの側が相手国の奥深くに攻め入ることはあったが、さしたる戦果はあがらなかった。全くのところ、こういった軍事行動は両国にほぼ等量の戦利品をもたらし、しかも奴隷売買は盛んになったので、景気は悪くなかった。
 われわれの最大の関心事は、セルペンズ国のあいまいな態度だった。周知のごとく、あの蛇神政体の高僧らは、われわれに対する親愛の情なんてこれっぽっちも持ちあわせていない。そして、わが国の外交の主たる目的は、かれらがチャタク側について参戦してくるのを妨げることにあった。もちろん、同盟国にするなどということは望むべくもない。だが、わが国が強気の姿勢でいる限りは、かれらは少なくとも中立を保つと思われた。
 このような戦況下に、あの野蛮人がサルミアに姿を見せたのだ。
 われわれは長い間、彼のうわさを耳にしてきだ。正確な経歴・人相が流布していた。彼は北方の森林地帯にある剣士と船乗りの王国出身の放浪戦士だった。冒険を求めて(あるいは単に温和な気候を求めて)、彼はただひとり南へと流れてきた。身の丈七フィートはあり肩幅の広い彼は、まさに筋肉のかたまりと言えた。たてがみのように伸びた黄褐色の髪。陰気な碧眼。いかなる武器にも熟達しているが、とりわけ刃渡り四フィートの両刃の剣を好み、その剣で兜と頭蓋骨と頸部とを断ち割り、そのまま一刀のもとに斬りおろすことができるという。彼はまた、底なしの大酒家であり精力家でもあるといわれている。
 人馬族を単身で征服した彼は、わが国の北部諸州を流れ歩いて、ある日サルミアの城門に立ったのだ。それは奇妙な光景だった――石畳の道路を見おろしてそびえ立つ、小塔の張り出した城壁。兜と盾と胴鎧とを身につけた衛兵たち。その眼前で剣をがちゃがちゃいわせる、裸同然の見上げるような大男。衛兵の矛が交差して行く手をさえぎると、大男は雷鳴のような声でどなった。
「おら、野生の男バーバリアンクロンカイト。ちょっくら、女王様にお目にかかりでえ!」
 彼のなまりがあまりにも無教育まるだしだったので、衛兵は思わずふきだした。これが彼を怒らせた。顔面を紅潮させた彼は、剣を引き抜くとぎこちなく歩を進めた。けおされて衛兵たちはよろめくようにあとじさりした。野蛮人はふんぞり返ってそのあいだを通り抜けた。
 あとになって衛兵隊長が小生にこう説明してくれた。「そこに奴がおり、そこに俺たちが立っていた。槍の長さほど離れていたが、
(1)

おれたちのところまでにおってきた。一体全体、奴はいつ風呂にはいったんだ」
 それで、彼が近づくと人々は街路や市場から逃げていった。彼はスフィンクス通りを進み、浴場とロカール寺院の前を通り、やがて宮殿にたどりついた。その門はいつものように開いていたので、彼は中をのぞきこみ、庭園とそのむこうの雪花石膏アラバスタ―の壁を見て、鼻をならした。黄金近衛兵たちが風下から近づいてきて用向きを尋ねると、彼はまた鼻をならした。近衛兵たちは弓をかまえて、彼を手早く始末しようとした。だが、奴隷がひとり駆け寄ってきて、彼らにやめるように言った。
 然様。悪意ある神の御心によって、女帝がバルコニーに立っており、彼に目をとめたのだ。
 周知のごとく、我らが最愛の女帝、魅惑的女王陛下、輝けるララ悩殺姫は、高山道路のような曲線の持ち主であり、彼女の守護神であるミンク女神アフロセックスの化身だと一般には信じられている。バルコニーにたたずむ彼女のすけすけの薄物とふさふさの黒髪を、風がなびかせていた。その誇り高く麗しい顔が、突然、熱望に輝いたのだ。それもそのはず。クロンカイトは腰に熊皮をまとっているだけだったのだ。
 それで、使いに走らされた奴隷は、その異邦人に深々と頭を下げて言った。「申し上げます。女帝陛下はあなた様と親しくお話がなさりたいとのことです」
 クロンカイトは唇をならすと、肩で風を切って宮殿にはいっていった。その泥だらけの大足が高価な敷物を踏みつけてゆくのを見て、侍従は心痛のあまり両の手を握りしめたが、どうしようもなかった。野蛮人は階上にある女帝の寝室へ案内された。
 そこで何が起こったかは、だれでも知っている。なぜなら、そのような会見に際してはもちろん、ララ姫は都合のよい覗き穴に唖の奴隷たちを配しておき、もし危険な雲行きになったら衛兵を呼びにゆくよう命じてある。そして、廷臣たちはこれらの唖に書くことをひそかに教えていたのだ。我らが女帝陛下は風邪をひいており、おまけに、にんにくサラダを食べていたので、彼女の貴族的な曲線の鼻は難をのがれた。形式的儀礼を手短にすませると、彼女の息は荒くなってきた。そして、ゆっくりと両腕を差し出し、紫色のローブを艶やかな肩から落とし、なめらかな太ももまであらわにした。
「来たれ」と彼女はささやいた。「来たれ、たくましき男よ」
 クロンカイトは鼻をならし、足で床を掻くと、突進して、彼女を抱きしめた。
「ギャーッ!」あばら骨がピシピシ音を立てると同時に女帝は悲鳴をあげた。「レゴ! 助けて!」
 唖の奴隷たちは黄金近衛兵を呼びに走り、ただちに近衛兵たちは入室した。彼らは野蛮人に縄をかけ、哀れな女主人から引き離した。かなりの肉体的苦痛と精神的衝撃を受けたにもかかわらず、女帝は彼の処刑を命じなかった。ある種の者たちに対して、彼女はひじょうに忍耐強いことで知られている。
 事実、ワインを一杯飲みほして心を落ちつかせると、彼女はクロンカイトに賓客として滞在してくれるよう頼んだのだ。彼が自分の部屋へ案内されていったあと、女帝はサイル公爵未亡人を呼び寄せた。彼女はからだがしなやかで、小柄ですばしっこいおてんば女だった。
「そなたにやってもらいたい仕事があります」と女帝は小声で言った。「忠節に仕えてきた侍女として、そなたはこの仕事を成しとげてくれることでしょう」
「はい、魅惑的女王陛下」と公爵未亡人は言った。彼女には、仕事が何であるか充分推測がついた。そして、だいぶ長いこと仕えてきたわ、と考えた。実に、丸々一週間もだ。彼女の任務は、野蛮人の性急さを鈍らせることだった。
 彼女は、へし折られそうになったときにすりぬけられるよう、全身に獣脂を塗り、野蛮人の部屋へと急いだ。彼女がつけている麝香の香水が、彼のにおいをかき消した。身にまとっているものを脱ぎすてると、彼女は目をなかば閉じて小声で言った。「抱いて、ご主人様!」
「ヤホーッ!」と野蛮人戦士は叫んだ。「おら、強い男クロンカイト、勇ましい男クロンカイト、マンモスひとりでやっつけた男、人馬族のかしらになった男、クロンカイ卜。なんて、ええ夜だべ! こっちさ来い!」
 公爵未亡人が近づくと、彼は力強い腕で彼女を抱きしめた。ほどなく、別の悲鳴があがった。宮殿の従者たちは、素裸で獣脂を全身に塗った公爵未亡人がたけり狂って翡翠の廊下を突っ走ってゆくという、まことに結構な光景を目撃した。
「あの男にはノミがいるのよ!」と彼女は叫び、走りながらからだを掻きむしった。
 かくて、どう見ても野蛮人クロンカイトは、情人としての成功者とは言いがたかった。歓喜通りの女たちさえ、彼の姿を見かけると隠れてしまうのが常だった。女たちが言うには、下手な技巧に身をさらしたことはこれまでにもあるけど、あれではちょっとたまらない――だそうだ。
 しかしながら、ララ姫が彼を歩兵隊と騎馬隊からなる旅団の指揮につかせ、チャタク国境付近にいるグリシオン元帥のもとへ派遣したことにより、彼の名声は高まった。彼は記録的な時間で行軍し、わが軍の本営に出来た天幕の町へ、大声をあげながらのりこんだ。
 ところで、わが良き元帥グリシオンが多少酒落者で、顎髭をひねり固めており、奥方たちの尻に敷かれていることは、万人の認めるところである。しかしながら、彼は常に有能な軍人であった。士官学校では最優秀の成績を修め、戦略計画の地位に昇進する前にも、
(2)

幾多の戦闘で軍隊を指揮したものだった。両者が出会ったとき、クロンカイトが無作法なふるまいにおよんだことは理解できた。だが、元帥が軍隊の先頭に立って出陣することを丁重に辞退し、自分が戦線後方で調整する者として、いかに貴重な存在であるかを指摘したときに――それは、クロンカイトが上官を地面に殴り倒して、神々に呪われた臆病者と呼ばわった理由にはならなかった。グリシオンが、死傷者の続出にもかまわず、彼に手枷足枷をはめさせたのは至極当然のことだった。とはいうものの、その光景はわが軍の士気をかなり阻喪させ、翌月の重要な合戦に三回も破れる始末だった。
 鳴呼! この知らせが女帝に届いたが、彼女はクロンカイトの首をはねろとは命じなかった。なんと、彼を放免して復位させるようにという命令を持ち帰らせたのだ。おそらく、彼を文明化して閏房のよき相手とするという浅ましい考えを、彼女はまだ心にいだいていたのだろう。
 グリシオンが誇りをおさえつけて、野蛮人に謝罪すると、彼は無愛想に受け入れた。彼が復帰した階級では、司令部の天幕で開かれる晩餐会を兼ねた会議に彼を招かねばならなかった。
 それはつまらない失敗だった。クロンカイトは足音高く踏み込んでくると、同輩の士官たちの上品な外衣トーガについて、すぐさま一くさりケチをつけた。物を食べればゲップをし、ワインを飲んでも、どこの産地のものか区別できなかった。会話といえば、彼自身の武勇談が何時間も独占した。グリシオン元帥は、士気が急激に低下してゆくのを目のあたりにすると、あわてて地図と作戦計画に注意を向けた。
「さて、諸君」と彼は話しはじめた。「われわれは夏季の戦闘を計画しなければならない。ご存じのように、わが陣営と最も近い敵の重要な陣営のあいだには東部砂漠がある。このことは、物資補給と投石器定置という難問を引き起こす」彼はていねいに野蛮人のほうに向きなおった。
「何か提案がございますか」
「ああ」とクロンカイトは言った。
「私の考えますに」ファラオン大佐が思い切って口を開いた。「もしチュンリン・オアシスまで前進して、そこに塹壕を掘り、補給路を建設すれば――」
「それで思い出しただ」とクロンカイトが言った。「ある時、ノリキ沼地でもって、おらは沼地族の真只中を駆け抜けたんだ。奴らは毒矢を使いやがって――」
「それがこの問題とどう関係するのか、わかりかねますが」とグリシオン元帥は言った。
「関係ねえだ」クロンカイトは臆する色もなく認めた。「だども、話の腰を折るでねえ。さっきおらが話してたように――」こうして、彼は横道にそれてしまい、また退屈な一時間が過ぎた。
 何の結論も出なかった会議の終わりに、元帥は顎髭をなでつけながら、抜け目なく言った。
「クロンカイト殿、貴公の才能は戦略的な分野よりも戦術面のほうに秀でておられるようだ」
 野蛮人は剣に手を伸ばした。
「つまり」とグリシオンは素早く言った。「最も勇敢で強い指揮官にしか成しとげられない仕事があるのだ」
 クロンカイトはにこやかに微笑むと、今度は耳を傾けてきた。彼はチンツェイを攻め取るために、部下とともに派遣されるのだ。そこは東部砂漠の向こうの山道にある砦で、わが軍の前進にとっては大きな障害だった。しかし、グリシオンが賢明におだてあげはしたものの、一旅団もあれば難なく攻め取ることができただろう。なぜなら、そこは兵力不足になっていることがわかっていたのだ。
 クロンカイトは馬上で剣を振りまわし、粗野な軍歌を大声で歌いながら、部下を率いて出掛けていった。それから六週間、彼の噂はとだえた。
 六週間目の終わりに、ぼろをまとい、腹をすかせ、熱病にかかった生き残りの戦士たちが、よろめきながら本営にもどってきて、惨敗を喫したことを告げた。クロンカイト自身はといえば、健康そのものであり、敗戦について無愛想に弁解した。しかし、毎日二十時間行軍した兵士たちが、旅路の果てで戦闘の任に耐えられない(自分たちの補給部隊より先に進んでしまったとあっては、それはなおさらのことだ)などとは、彼は夢想だもしなかったのだ。
 女帝の願いゆえ、グリシオン元帥は目立つような事はできず、野蛮人から軍籍を剥奪できなかった。下士官への格下げすらできなかった。そのかわリ、彼は手慣れた好計を用い、大男を私的な晩餐に招いた。
「最強の勇者よ」と彼は猫なで声で言った。「明らかに、あの責任は私のほうにあった。貴公のような種類の男に、われわれ退廃的な南国人が太刀打ちできるわけがないと、気づいてしかるべきだったのだ。貴公は、ひとりで戦うとき最も腕の冴えを見せる一匹狼なのだ」
「うんだ」とクロンカイトは同意した。彼は鶏肉を指で引きちぎり、綾織りのテーブルクロスでその指を拭いていた。
 グリシオンはたじろいだ。しかし、彼を説得して単身の遊撃作戦に出掛けさせることは容易だった。翌朝、彼が立ち去ったとき、士官団はあの田舎者を永久に追い払ったことを喜んだ。
 あとになって起こった非難と、取り調べの要求にもかかわらず、小生は、グリシオンがその情況下では唯一の合理的な事をしたのだという主張を捨てていない。野蛮人クロンカイ卜が一片の合理性もその毛深い肌にまとっていないほど原始的だと、誰が知リ得ただろ
(3)

うか。
 話の全貌は決してわからない。しかし、国境戦争がいつものように続いていた翌年の内に、クロンカイトは道をそれて北方高地にはいりこんだと思われる。その地で彼は、自分と同じように無知で野蛮な放浪騎馬民族の一団をまとめあげた。彼はまた、マンモスの群れを狩り集めて、チャタク領土内へと追いたて、敵軍めがけて暴走させた。そのようにして彼は敵の首都まで行き着いた。国王は降服の条件を申し出た。
 しかしながらクロンカイトはこれを受け入れようとしなかった。拒絶したのだ! 彼の戦争観というのは、敵国の者であれば男も女も子供も、一人残らず殺すか奴隷にするかだった。しかも、彼の率いる不正規兵たちは、戦利品で報酬を受けることになっていた。その上、彼は放浪民の娘たちから見ても非衛生的だったので、ある種の焦燥を感じていた。
 それで、彼はチャタクの首都を襲撃し、火を放って焼きつくした。この代償として、彼は部下のあらかたを失った。またこれによって、貴重な書物と美術品が何点か破壊され、サルミアへの進貢の可能性もつぶされた。
 それから彼は厚かましくも凱旋行列を編成して、われらの都へ馬で帰ってきたのだ!
 これは女帝の手にも負えなかった。彼が女帝の前に立ったとき(なぜなら、彼はひざまずくという簡単な礼儀すら知らないほど粗野だったのだ)、彼女はふだん以上の言語能力を発揮して、雑種馬鹿、薄のろ間抜け、万能頓馬などと彼を呼ばわった。
「うんにゃ」とクロンカイトは言った。「だども、おら戦争に勝っただ。ほれ、おら戦争に勝っただぞ。おら戦争に勝っただ」
「そうね」とララ姫は冷たく言った。「そなたは古い歴史をもつりっばな文化を粉みじんにして、復元不可能な残骸に変えてしまったのよ。わが国の平時の貿易の半分はチャタク相手だったことを、そなたは知っていたの? 今に歴史始まって以来の大不況がやってくるわ」
 すでに帰還していたグリシオン元帥が、さらに非難の言葉を付け加えた。「なぜ戦争が行なわれるのだと思う?」彼は苦々しく尋ねた。「戦争は外交の延長なのだ。自分の欲することを他人にやらせるのに用いる最終手段さ。相手を全滅させるのが目的ではない――死体が言うことをきいてくれるか?」
 クロンカイトは喉の奥でうなり声をあげた。「チャタクがセルペンズに敵対する同盟国となるよう、わが国は平和協定を結ぶはずだった」と元帥は続けた。「そうなれば、来るものすべてに対して安全になるはずだった。ところが、貴様が――。貴公は寂しい荒野を残してくれた。放浪民に乗っ取られないように、われわれは自国の軍隊をそこに駐屯させなければならない。貴公の残虐行為のおかげで、どの文明国とも疎遠になった。貴公のせいで、わが国は孤立無援になってしまったのだ。貴公は今回の戦争に勝ったが、それは次回の敗戦と引き換えなのだぞ!」
「そして、そこまで来ている不況に加えて」と女帝が言った。「これらの駐屯軍を維持する費用も、私たちにのしかかってくるでしょう。税収は減り、支出はふえる――それは国庫を破産させるかもしれません。そうしたら、わたしたちはどうすればいいのでしょう」
 クロンカイトは床につばを吐いた。「おまえらみんな退廃的。それ、おまえらの正体だ」彼はどなって言った。「帝国つぶれちまったら、おまえらの為になる。おまえら、都の連中をつれ出して森に入らにゃあ。そんでもって、奴らをおらみたいな猟師にするだ。奴らにステーキ食わしてやれ」
 ララ姫は黄金の沓をはいた美しい足を踏み鳴らした。「私たちが時を過ごすのに、昼間はずっと狩りでつぶして、夜は泥壁の小屋で指についた獲物の脂をなめながらのらくらしているのが、何よりもいいことだと、そなたは考えているのかい!」と彼女は叫んだ。「それでは、一体全体、文明が何のためにあると思っているの!」
 クロンカイトは大きな剣を抜き放った。剣は彼らの目の前できらめいた。「おら、段平さ持ってるだ!」と彼はどなった。「もう、おまえらと手を切ったぞ! おまえらみんなが地面の上から消されちまう時だ! それをやる男が、このおらだ!」
 ここにおよんでグリシオン元帥の才能が発揮された。その才能ゆえ、彼は現在の地位まで昇格したのだ。まことにみごとに、彼は意気消沈してみせた。「それは、いけません!」と泣き声で言った。「貴公はまさか――まさかセルペンズの側について戦う気では――?」
「おら、その気だ」とクロンカイトは言った。「さらばだ」忿懣やるかたなく南へ向かう、ノミにくわれた広い背中と、剣に反射する陽の光が、彼の姿の見おさめだった。
 それ以来、もちろん物事はうまく運んでおり、セルペンズのほうは今や必死になって和平を請い求めてきている。しかし、先方がこちらの出した条件に応じるまで、わが国は戦争を続けるつもりだ。われわれは、彼らのいいかげんな口車に乗せられて、野蛮人を連れ戻すつもりなど、さらさらないのだ!
(4)

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